反省。

長い間、ブログを開くことすらできなかった。

仕事で大きく落ちた。

恐怖ヘビ女になり、自信無くした。

だからブログを開かなかったんではないのだよ。

まだ遠中近眼鏡作っていません。だから移動中の携帯投稿が全くできません。

そのうえに、自宅では毎日いつでも、さおちゃんがミクシィで何か農園ゲームを友達としていて、ちょっと目を離すと

「あっ害虫まかれた」だの

「早く実がなったので、もがないと」

って、パソコンの前から離れません。電話しながら、テレビ見ながらミクシィです。

今は夜中の1時14分。

こんな時間に投稿しています。

みんな、私を忘れないでね。

思い出ぽろぽろ記事にしています。

よろしくです。

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お久しぶりです。

ご無沙汰しております。

何とか生きていますよ。

何人かに直接お電話をもらいました。

「生きてる?」なんとかです、なんとか生きています。

前に話しましたでしょ“私の回りは面白い出来事が多い訳じゃない、私は面白い出来事を見つけ出すガのウマイ”なんてね。

しかし、これは大きな勘違い。

”私は物事を面白く捉えることが得意”でした。

だから、最近の私の精神状態では”出来事を面白く捉える”事ができなかった。。。

というのが正直なところです。

売上に一喜一憂し、

仕事でハイテンション、

そしての体調不良。

いやいや、それも

嘘です。

実は一番の原因は”老眼”(悲しいことに)

最近は腰を痛めたり、その前は”さんじゅう肩”で首が回らなかった。

首は回らないは、腰をかがめられないわ、

では、老眼と近眼の乱視の視力三重苦の私には

どうして、携帯電話のメールの文字が見えるのでしょうか。

最近の私の視力では

どうやっても、こうやっても読めない文字がある。

昼間の頭の上の暗がりの駅のホームの時刻表。(近視には遠すぎて、乱視には暗すぎて)

求人票のOCR用紙。(乱視には黄色の欄と白の欄の区別がつかず、老眼には文字が小さすぎて)

西宮ガーデンズの館内店舗案内。(ガーデンズは蛍光灯ではないので近視には暗すぎて、乱視には文字が多すぎて、老眼には文字が小さすぎて)

ホント悲しい。

どうやっても

お一人様の私にはできないことがあることに最近気づかされることが多い。

いったい何の

罰ゲームやねん!?

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例年の。

告白しますが、私は独身なんです。

ですが、婚姻生活の名残で未だに私宛じゃないお届けものが届くのです。(ややこしいstoryを多くの第三者に告白するのは大変だからね)

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丹波産松茸dash

これって傷みが早いしね。

いた仕方なく、土瓶蒸しと松茸ご飯にして頂くことにいたしました。

美味でございました。

そして、ごめんなさい。

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反省。

たくさんのお友達にね、、、

「ブログ更新されていないよね、とても残念だ」

みたいなご意見をよくいただきましてね(と、勝手に解釈してるだけかもしれないけれど)

オンデマンドな私。

やはり、皆さまのご要望にはお答えするべきではないかと

反省いたしました。

ブログ記事、なるべくアップします。

時々読んでいただいて、見たよ~コメントください!

あ、そうそう最近は誰が誰だかわかりやすくってイヤな方は

ニックネーム変えてもらっていいよ。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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思い出した、胸が痛い文字。

「介護」という言葉を聞くと胸が痛い。

以前、務めたていたとき、私の母は病気だった。平成11年に手術をし、その後以来定期的にずっと点滴投薬治療を受けていた。入院は余りにも退屈で嫌だと通院治療を母は選んだ。

それで、通院治療に付き添う役目のほとんどを私が担った。血管が細くなっている母の天敵にかかる時間は、約6~7時間。その間、話し相手をしながら付き添う。通常は特に問題はない、ただ母は一人での治療を不安がった。大学病院では治療費の精算や支払いにの移動が多い。カーテンで仕切られたベッドでの治療の間に、気分が悪くなったり、トイレに行きたくなったり、そんな時のために誰かに傍についていて欲しいと訴えた。帰りも治療後は気分が悪くなったりするので、一人で帰宅することが不安だったらしい。

そんなに頻繁にという訳ではない。母は病院まで一人でタクシーに乗ってくる、朝の8時半に病院で待ち合わせをする。治療が終われば私は母を車で実家まで送って行く。しかし、気分が悪くなってしまうということは少なく、帰りの道すがら食事をご馳走してくれる事も多かった。でも私は、勝手に時間的な負担がかかっていると思っていたことは確かだ。今から考えると、何を話したのか覚えていないくらいの話し相手くらいでしかなかったのに。

ある年のクリスマス。母は突然動けなくなって、とうとう諦めて入院した。足がパンパンに腫れて全身状態が日に日に悪くなっていく。

母は、足の腫れさえ引けば車椅子を我慢するから美術館に連れていってねと訴えた。母は外で食事をすることが好きだった。映画館で映画を見たり、美術館に行ったり、ホテルでお茶を飲むのが好きだった。悪く言えば、どうやって生きてきたのかと思うくらいの能天気で気分屋、良く言えばアクティブで前向き。

その後、全くベットから起き上がることができなくなった、でも全身が痛くて私が体を擦ってあげながらの会話の内容も、ずっと体調が良くなって外出する話ばかり。

母がそんな状態になっても、私は仕事を辞めず、それでも休みにくくって土曜日と日曜日と休みの日だけ病院で付き添った。母はもうちょっと来れないの?って私に何度か聞いた。仕事も中途半端だ、資格を取るための専門学校も行けなくなくなっていた。家の中もほったらかし、でも母にも中途半端な看病しかできなかった。治る見込みはない、状態も日に日に悪くなるばかりで良くなる可能性なんて殆どない。長い間の点滴治療に薬疹が出だし、もう治療の道もなかった。

仕事も忙しい時期だったが、確定申告が終わったら前から相談していた“介護休業”をとるを決心した。それで仕事も辞めざるを得ないなら仕方ない、資格のための受験も来年に延ばそうと、やっとやっと決心をした。自分が決めたことなのに、ほっとしたのを覚えている。その話をしたら母も嬉しそうに喜んでくれた。

だけど、間に合わなかった。

母はその日までに亡くなった。

だあれも私からも責められることはなかったけれど、反省した。。。weep

私って”ぼんくら”だなって思った。全く判断力・決断力の鈍い、かなりいさぎ悪いヤツだと思った。だらだらと流されてるだけで、全くもって自分勝手なヤツだ。常にエラそうに、わかったような顔をしているけれど全然物事の道理をわかっとらんやつだと反省した。

だけど、多分同じことが起こったら、また同じことをしてしまう気がする。自分はどれもこれもできる気がする勘違いオンナ根性は全くもって直っとらんし。未だに欲深く、自己中心的だ。

大事なものがたくさんあり過ぎて、どれもどれも我慢したり、捨てたりできない。あれもこれも大切だから優先順位を全くつけずに、すべてを抱きかかえてしまいたい。

きっとお母さんも思ってるだろうな。 子供の頃から、両親にずっと言われ続けた。                             「あの子は全く私の言うことを聞かない娘だ」って。。

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反省(汗っ)。

昨夜は勉強会。

えっとね、チュウハイ3杯くらい飲んでネ、なんだか頭の中がクルクル酔いが回っていた。

ちゃんとふつうにしなきゃと思いながら、さとみちゃんと別れた十三駅。さとみちゃんはバス、私は神戸線で帰路につくはず・・・typhoonそれが、何故だか無性にコンビニに行きたくなる。私の帰路途中にコンビニはない。

っで十三から駅外へ出てしまったsweat01

私に対するアルコール効果は、”どうでもいい感”が強まり行動が制御不能になる。

っでコンビニに2件寄ってビニール袋を二つぶら下げてご帰宅。

なんやろか、頭がワンワンしてぼーぉっとした状態。

年金相談員コマちゃんネタも深夜12時15分に投稿。結構ちゃんと書けてるやんcoldsweats02

翌日、食卓上のビニール袋の中を見て「???」

チョコレート3コと訳のわからん菓子パン2コ、鉛筆3本、梅の飴、そして

「深層心理探究会

そのときアナタはどちらを選ぶ?/究極の選択」

Sonotokianatahadotirawo

ホント意味わからんしっsweat01sweat01sweat01

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